海辺フォーラム
関係者ロングインタビュー
第2回 小島あずさ (クリーンアップ全国事務局)1957年東京生まれ。
平成16年12月14日10:30〜11:30 霞ヶ関にて
聞き手:高橋啓介


ウミガメがゴミに埋もれて
―最近にいった海辺はどこですか?
(小島)淡路の成ヶ島に先月行きました。淡路島から船で渡れば2分くらいの距離にある2キロくらいの長さの砂洲みたいな離れ島なんです。そこで浜を守る活動をしている人たちの話は前から聞いてたんですけど、現場を見て、良い意味でも悪い意味でも面白かったですね。一つは海岸の植生が非常に豊かなところで、今は冬枯れの時期でしたが、ハマボウの大群落があったり、もうすでにハマダイコンが芽吹いていたりとか。海も本当にきれいなんです。水は澄んでいるし。瀬戸内海って穏やかで景観としては風光明媚でねえ。
だけど、何故私が行ったかって言うと、理由は漂着ゴミで。大阪湾側と紀淡海峡側の両方のゴミが、常時寄せてしまう場所なんですよ、たまたまそういうところに立地していて。で、成ヶ島を美しくする会の人たちが、平均すると週に3回から4回清掃を実施しているんです。実際に見てみると、すごいゴミなんです。背景を知らないで行ったら、全然掃除をしてなくて、数年分のゴミがたまっているのかって思うくらいひどいですよ。
−その人たちは何故そんなに一生懸命掃除をするんでしょう?
(小島)地元の人なんですね、小さい頃からそこで遊んでた。もともとの、自分達が大事にしてきて、普通に遊んできたところが、ゴミにうまって荒れ果てていくのを見ぬ振りできないってことのようです。
―確かに本当はきれいなところにゴミがたくさんあるのってイヤですよね。
(小島)それだけじゃなくて・・・。島にはね、大阪湾の中では数少ないアカウミガメが産卵に来る浜があるんです。今年も3個体くらい産卵にきたらしいんですけど、かわいそうなことに1匹はお腹に卵をもったまま、ゴミの山につっこんで、身動きができなくて死んでしまったそうなんですよ。
ゴミ拾いを通じて環境への意識を変えたい
―小島さんがやられているクリーンアップ全国事務局とどのような仕事なんですか?
(小島)名前のとおり海岸の清掃をしている団体ですけども、美化自体を目的としてお掃除だけをする団体ではないんですね。海岸に漂着しているゴミを通じて身近なところから、自分と環境問題のつながりを感じ取ったりとか、できることを探して行動しましょう、ってことをモットーとしている団体です。で、なぜゴミかっていうと、〜様々な環境問題はすべてつながりあっていることですし、それぞれ自分たちの生活と関係ありますけど〜、特にゴミはね、程度の差はあっても、誰でもゴミを出していますよね。で、目に見えて分かりやすいですよね。それに、ゴミを拾ってキレイにするってことに対しては、反対する人はいないので、立場が違っても一緒にやりやすいですよね。
―小島さんがクリーンアップに関わるようになったきっかけって何ですか?
(小島)たまたまです(笑)。犬の散歩をしていたら、町の中に落ちているゴミがすごく多くてね。それがだんだん気になりだして。気になって見ていると平気で歩きながらたばこ捨てていく人がいたりとか、車が渋滞していると車のドアを開けて、自分のゴミ箱を開けて捨ててく人とか、そういうのを目の当たりにして、はじめすごく腹が立ったんですね。そのうち、見るたびに腹立たしいと思うなら、気になる自分が拾おうかなと思って。そのころは犬を散歩しながらついでに拾える分だけ、で、はじめたころは自分の拾った分だけは確実にちゃんと回収出来て、その分町もキレイになって、自己満足してたんですね。でも、続けているうちに、犬の散歩って朝晩2回いくでしょう。朝拾って、キレイにしたはずのとこが、夕方通るとまた汚れているとか、結局拾ってもそれだけでは、全然根本的な解決にならないな、一人で自己満足でやっていてもほとんど変わらないってことが身にしみていたときに、世界中で調査を通じて元から改善を目指そうというビーチクリーンアップがあることを知ったんです。それが一番のきっかけですね。
―なぜゴミ拾いのフィールドとして海を選ばれたんですか?
(小島)海は好きでしたけど、別に海辺の育ちではないですし、サーフィンとかダイビングとかマリンスポーツをやっている訳ではないので、格段、海派ではなかったんですよ。ただ、何もしなくても海辺にいくのが好きで、時間があると行ったりしてましたけど。ですから、自分にとっては活動する場所はどこでも良かったんだけれども、たまたま国際的に行われていたのがビーチクリーンアップで。「世界中が一つにつながる海だからこそ世界中で実施しましょう」ってことだったんですね。それには、素直に共感出来ました。
―今や3万人が参加するビーチクリーンアップの取りまとめ役ですね。
(小島)90年に日本が初めてクリーンアップキャンペーンに参加したときには実は団体がなくって。菊地さんていう、私の友人でもあるんですけど、彼女がアメリカで行われているやりかたに非常に共感して、自分も「日本で友人や家族と一緒にやりますから、興味のある方はどうぞ」っていうことから始まったんですね。そして、組織も団体もなかったにもかかわらず、ビーチクリーンアップの小さな記事が新聞の全国紙に載ったら、それを見た、全国各地の実際に海岸で清掃している人たちからも反響があり、結局その年に、全国80箇所、計800人が参加して実施されたんです。
 その後すぐ、その年の暮れに湾岸戦争が起きたんです。日本ではちょうどアースデイが初めて市民活動としてあちこちで行われたりとか、地球環境を大事にしようって活動が行われ始めたときに、一方で環境を大規模に破壊する戦争、〜しかも、湾岸の時にはわざと原油を流しましたよね〜、ああいうことがあって。なんて言うんでしょう、「誰にでもできる、どこででもできるゴミ拾い」と、「地球環境を守ることや平和の問題」が、自分たちの中ですごく一つにつながったんですよ。それで、きちんと団体をつくって自分たちが責任をもって連絡役をして、この活動をちゃんと継続をしてやっていきましょうということで、91年の1月に改めて団体を立ち上げたんです。
―データを取りまとめるのが一番大きなお仕事ですか?
(小島)初期の頃はそうでした。全国事務局がそれで何かしてくれるって皆さん期待して、自分たちがこつこつと集めたデータ送ってくれているわけですから、責任もってデータを取りまとめるのが一番大事な仕事ですね。データは取りまとめてアメリカに報告するだけではなくて、日本の国でレポートをつくって参加者に返すとか、結果を企業や行政にお伝えして改善のための働きかけをするだとかしています。それは今でも変わらないんですけど、今年で15年目になって、具体的改善に向けた活動が増えてきてますね。例えば、たばこのフィルターに対しては、たばこメーカーとか業界に「たばこのフィルターがゴミとして多いですよ」って結果をきちんと伝える。そして、一緒に取り組めることはないかという話し合いの場をつくってもらうとか、こちらかが具体的な提案をしてそれに対して考えて回答をいただくとか、そういうことをひとつひとつやっていかないといけないんです。
「信頼」が原動力に
―15年継続出来た原動力って何なんでしょう?
(小島)単純に海に行っていると面白いってことがありますね。それと、もう一つは、このことをやっていなかったら、一生、名前もお互いに知らない、会うこともなかったような知り合いとか、仲間になった人がたくさんできたことですね。例えば、私は魚が好きでよく買って食べますけど、消費者として魚を食べている自分いても、漁師さんと直接話をすることってないですよね。でもゴミのことがあったから、いろんなところで、漁業をやっている現場の人から話を聞くような機会があったんですね。
それに、どんな仕事でもそうだと思うんですけど、特にこういう無償の市民活動については、人と人の信頼関係がすべてと言っていいような財産だと、私は思うんです。ゴミをなくしてキレイにしようってことには皆さん賛成してくれますけど、私達がいくらたくさんのゴミを拾ったり、レポートをまとめたりしても、誰かが、仕事として報酬を与えてくれることではないんですよ。でも、やっぱりそれを続けてこられたのは、いろんなゴミを介して出会った人たちとの信頼関係があったからだなと思うんですね。
―広告制作のスタイリストだったそうですが、そのことが今の仕事に役に立っていますか?
(小島)ダイレクトにクリーンアップにどうかってのは分からないんですけど・・・。こういうネットワークを形成しながらやる仕事には役に立っているんでしょうね。ものをひとつ手配するんでも、初めて連絡して、お願いして、借りたり、終わったあときちんとお礼をするとかね。そういう手配関係をするには、人とのやり取りがすべてなので。だから、目的は違っても、人とのやり取りが一番大事ってことに関しては今と一緒ですね。
それと、表現っていう観点からも具体的に役に立っていると思います。最近は、おしゃれな団体が増えてきてますけど、一昔前の市民活動ってすっごく一生懸命なんだけど地味だったりとか。まあ、お金がないってこともあるんだけども。リーフレット一つとっても、よく読めばたくさんの情報とかいいことが詰まっているのに、デザインが今ひとつだったり、そういうのありますよねえ。
私、それじゃあ、全然広がらないって思っていて。ポスター一つとってもね、手作り感覚でやったほうが伝わる場合もありますけども、ちゃんとプロに頼んだほうがより広報の目的が果たせるものってあるでしょ。そういうことがある程度、下地として分かるっていうことと、いざって言うときにお願いできる友人がいること、それは大きいですね。
ゴミ拾い自体はねえ、だれがどこでやっても変わらない、汚い作業なんですけど、それを、見せるときに楽しそうにみせるとか、おしゃれに見せるとかね。そういうことが大事だって思ってます。
―それが、ビーチクリーンアップに毎年8000人も参加するひとつの理由ですね。おしゃれなゴミ拾い、大賛成です。ところで、ゴミ拾いを通じて環境への見方を変えていこうっていう環境教育的な視点は最初からもっていたんですか?
(小島)最初からです。実際に拾ってみるとすぐ分かるんですけど、何でそんなものがここにあるのっていうのがすごく多いんですね。で、なんでって思うことから、どっからきたんだろうとか、誰が捨てたんだろうとか、あともう少し想像力が働く人だったら、ゴミが多いのを見て、その裏にある一見豊かな使い捨ての生活だとかね。そういう風にたどって考えていく人が増えると、すごく時間はかかりますけど、発生抑制を支える意識を育むことができるかなって思います。
―今年(2004年)の4月には『海辺のカルテ』という子ども達のためのプログラム集もつくられていますね。
(小島)海辺カルテを作ろうと思ったのは、数多くの海岸に足を運ぶと、海辺を歩いているだけで本当に面白いんですね。もちろん、いわゆるゴミっていうものがとても目立ちますけど、それだけじゃなくて、不思議なものとかね。なんだろうっていうへんてこりんなものとか、きれいなものとか、いろんなものが浜辺にあって、ちょっと、注意深くなるだけで、それに気づいたり出会えたりできる。そういうことを、もっと子ども達に教えてあげたいなっていうことが最初の動機ですね。それから、各地でいろいろな方たちと知り合うことが増えるにつれて、「海や川の近くにすんでいたり、学校がそういうところにあっても、海に行かない子どもが非常に増えてる」、そういう声をたくさん耳にしていて、それが、残念だしもったいないなあとすごく思ったんですね。もっと、漂着物を見たり海に行ったりしてほしいなって。
―子ども達には海の楽しい面に目を向けてもらいたいと。
(小島)カルテの中にもアクティビティーとして自分達がやっている漂着ゴミの調査のこともでてきます。でも、小学生くらいの子ども達には、「海にゴミがあって問題だからキレイにしよう」とか、そういうふうに言葉で頭ごなしに説くんじゃなくてね。現場での体験、〜子ども自身が手を汚しながらゴミを拾ったりだとか、なんだろうって思ってね、もって帰って貝殻の名前を調べたりとか〜、そういうところから本当の興味って広がっていって、体験して、知っただけじゃなくて本当に分かることになると思うんですよ。だから、これは、クリーンアップをやってもらうための教材ではなくて、〜クリーンアップはいろんな海辺との付き合い方、誰にでもできる海辺の保全活動の一つのメニューだと思っていて〜、特に子ども達に対してはね、「みんなでゴミ拾おう」じゃなくて、その前に「海にいって、そこでいろんなことを感じ取ることが楽しいぞー」って。
―海好きな子ども達が増えれば、海の将来も明るいですよね。
(小島)さっきの成ヶ島の人達が、いろいろ大変なことがありながらもずっと活動を続けていらっしゃるのは、「やっぱり子どもの頃から遊んできたお世話になっている海だから」っていうのをハッキリおっしゃってるんですよ。だけど、そういう人ってどんどん少なくなっている。いろんな理由で自然海岸がどんどんつぶされていっているし、自然海岸での体験をできる機会がものすごく少なくなっているでしょう。そうするとそこに対する愛着だとかね、大事にしようっていうような気持ちってどんどん希薄になっていくんじゃないかって。そういう気がしますね。
海辺の環境教育フォーラムとのかかわり
―海辺の環境教育フォーラムと小島さんのかかわりは?
(小島)第一回目から全部参加してますよ。純粋な参加者のときと、講師みたいなことやったりと、いろいろ、そのときによって。
―第一回目のときに参加しようと思ったきっかけは何ですか?
(小島)単純に面白そうだなって思って(笑)。あと、いろいろな全国のフィールドで海辺の活動にかかわっている人と会って、自分も勉強したいってことが一番大きかったですね。
実際、ダイバーの方とかエコツアー関係の方がこれまで比較的多く参加されていて。自分の団体の活動では、割とそちらのジャンルの方たちとご縁が薄かったんですね。で、フォーラムに参加したことをきっかけに、新しいつながりというか知り合いが増えたというのが単純にうれしかったですね。あとは、例えば、ゴミの調査だとかに自分が行くにも、地元の海岸の詳しい状況って、よそものには地図やガイドブックをみても分からないんですよ。で、事前に、その地域の知り合いに連絡をとって、教えていただいたり協力していただくことが多いんです。そんな時に、海辺の環境教育フォーラムで知り合った方にいろいろお世話になっています(笑)。
―今までのフォーラムで一番印象に残っていることって何ですか?
(小島)「地域」と「教育活動」っていう視点が取り上げられているところが、すごく面白いですね。「子どもや人があまり海にいかなくなっている」っていう実感だけでなくて、「海辺の産業があまり元気ないな」、そういう風に感じているところなんですよ。で、海辺の環境教育フォーラムをきっかけにね、地元の人もフォーラムからヒントをもらったりとか、新たな地域とフォーラム関係者との協働みたいなことがこれから生まれてくるといいなあって思っているんです。ですから、その「地域」っていう視点にすごく触発される面がありますね。
―フォーラムをきっかけに、開催地である海辺のコミュニティーが元気になっていったらすばらしいですよね。
(小島)私はずっと東京で生まれて育って、田舎がないんで、海辺で生まれ育った人たちってうらやましいんですね。だから余計、海辺のコミュニティーには元気になってほしいなって。
海辺の環境教育フォーラム2005への期待
―室戸には良くいかれるんですか?
(小島)(次回の会場になる)室戸少年自然の家ではウォーターワイズという海辺の活動に力を入れてまして、その中で必ず環境教育のプログラムとしてゴミを入口とした活動を入れていただいているんですよ。それを担当しているので、年に5〜6回は行っていますね。
―そういった理由もあり、次のフォーラムでは、企画段階から中心的に関わっていらっしゃいますが、どんなフォーラムになりそうですか?
(小島)高知県には室戸だけではなく、ご縁があってあちこち行っているんですけど・・・。すごく東西に広い県で、黒潮が流れる海の県っていうイメージが強いと思うけど、実は圧倒的に森、山なんですね。で、森や川で活動している元気な団体、〜物部川とか四万十川の流域で〜があるんです。そういう人たちとも、〜海と川はつながってますんで〜、一緒に何かできるといいなあって思っています。ちょっとまだ実現するかは分からないけど。
昔だったら、魚貝と山の産物を交換したりとか、そういう意味での海と山の交流がもっと豊かだったと思うんですよ。高知だけではなくて日本中で。でも今は、これだけ物流が豊かになっていると、地域内で山の人と海の人が直接交流しなくてもそれぞれマーケットに行けばすんでしまうっていうふうになってますでしょ。それはちょっとさみしいことだなと思いますよね。だから、なんか海と山をつなぐようなことがフォーラムでできたらいいなって。
―高知県でやればできそうな気がしますね。楽しみにしています。
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